今年は言わずもがなオリンピックイヤーです。
陸上競技の中でも最もアツい種目、それは男子1500mでしょう(異論は認めます)。
10年ほど前と比較すると、男子のトップ層の勢力図はかなり変わりました。
以下は2012年から2023年までの男子1500mトップリスト上位10名及び20名の人数を、アフリカ勢、非アフリカ勢に分けてグラフ化したものです。
ケニアを中心とするアフリカ勢がトップ層の過半数を占めていた時代は2020年を境に逆転し、今ではヨーロッパ、アメリカ、オセアニア勢が台頭しています。
ここ3年の1500mチャンピオンたちの闘い
今年の1500mはアウトドアシーズンが始まる前からバチバチしています。
主な登場人物は3人のランナー。物語は2021年の東京オリンピックから始まります。
新型コロナウイルスの影響で2021年に延期になった東京オリンピック。ノルウェーのヤコブ・インゲブリクトセン選手(以降、ヤコブ選手)はこの時弱冠20歳ながら、従来のオリンピック記録を3秒以上更新する記録で初のオリンピックチャンピオンに輝きました(3’28″32)。現在と比べるとまだあどけなさがありますね。笑
ここからほぼ無双状態に入ったヤコブ選手は、この2021年から2023年まで、ダイヤモンドリーグ以上のいわゆるワールドクラスのレース(1500m~2マイル)では23戦20勝、1500mのワールドランキングでも93週連続で1位を継続中(2024年3月22日現在)の近年の中距離界では「最強」と言って差し支えないマイラーです。
さて、向かうところ敵なしのヤコブ選手は翌年2022年のオレゴン世界選手権でももちろん金メダル候補の大本命でした。
決勝も危なげないレース運びでラスト1周の鐘がなり、このまま後続をちぎってゴールかと思われたところ、ラスト200mで前に出たのが、イギリスのジェイク・ワイトマン選手(以降、ワイトマン選手)。勢いは衰えることなくそのままフィニッシュ(3’29″23)。イギリスに第1回大会スティーブ・クラム選手以来のこの種目の金メダルをもたらしました。
ちなみにこの時スタジアムでアナウンサーをしていたのは、なんと彼の父、ジョフさんです。息子がワールドチャンピオンになる瞬間の実況をするとは、それはそれは興奮したことでしょう。
東京オリンピックが延期になり、押し出される形でオレゴン世界選手権も2022年になったため、2年連続となった2023年のブダペスト世界選手権。この年も世界的に活況の中距離界では、ヤコブ選手、ワイトマン選手を中心にまたバチバチの勝負が期待されましたが、残念なことにこの年のアウトドアシーズン直前のトレーニング中にワイトマン選手が怪我をしてしまい、ディフェンディングチャンピオンとしての世界選手権出場は見送らなければならなくなりました。
となると、金メダル候補はまたしてもヤコブ選手が大本命。しかも前年に逃してしまっている1500mワールドチャンピオンのタイトルはなんとしてでも獲りたいところでしょう。
迎えた決勝、またも盤石のレース展開、先頭で迎えたラスト1周、今回こそはと誰もが思ったラスト200m。だがしかし、ヤコブ選手の横を駆け抜けて行ったのはまたしてもイギリスのユニフォーム。ジョシュ・カー選手(以降、カー選手)がそのまま逃げ切り金メダルのフィニシュラインに飛び込みました(3’29″38)。
ヤコブのデジャブ
2022年と2023年の世界選手権はヤコブ選手にとって歯痒さ以外の何物でもなかったでしょう。
オリンピックタイトルを獲り、その後もほぼ負け知らず。なのに2年連続で1500mワールドチャンピオンのタイトルだけどうしても獲れない。。。
まさにデジャブです。
しかも、ヤコブ選手が負けたこの2人とこのレースには似通った点があります。
イギリスというだけにとどまらないルーツ
もちろん2人ともイギリス代表なのですが、そのルーツはスコットランドにあり、幼少期から現在も同じクラブチーム(Edinburgh AC)に所属しています。
4年に1度行われるコモンウェルスゲームズ(英連邦大会)でも同じスコットランド代表として戦いました。私も2022年に英国バーミンガムで行われた大会は現地に行ってきました。様子はこちら。
余談にはなりますが、イギリスは4つの地域(イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランド)から構成されており、コモンウェルスゲームズやサッカー、ラグビーのワールドカップを見ると、選手はイギリスという括り以上に、それぞれの「国」に誇りを持っていると感じます。
先日の世界室内選手権でカー選手が、3000mで優勝した後のビクトリーランでイギリス国旗ではなく、(もちろん地元ということもあったと思いますが)スコットランド国旗を掲げていたのにはイギリスという国特有の歴史を感じました。
ほぼ同じタイム、ほぼ同じ展開。
この2大会のヤコブ選手、ワイトマン選手、カー選手のタイムは
2022年オレゴン ワイトマン選手:3’29″23 ヤコブ選手:3’29″47
2023年ブダペスト カー選手:3’29″38 ヤコブ選手:3’29″65
とほぼ同じタイム、かつレース展開もラスト200mからワイトマン選手、カー選手がそれぞれ仕掛けて逃げ切る、という本当に別の選手が走ったのかというくらい同じような展開でした。
そりゃこうやって比べたくなるよね、と共感したInstagramの投稿です。
今シーズンの展望
今回は3人しか取り上げなかったですが、他にも上げ切ればキリがないほどタレント揃いの今シーズンの男子1500mです。
ヤコブ選手は怪我で世界室内選手権は見送っていますが、練習は順調に再開し、カー選手と共に5月25日のダイヤモンドリーグ・ユージーン大会(プリフォンテーン・クラシック)への出場がアナウンスされています。
世界陸連公式Xにもボクシングに例えられて “2024, round one🥊” なんて揶揄されていますが、当の本人たちも、試合前から楽しんでいるようです。
まずヤコブ選手が、ノルウェーのテレビのインタビューでカー選手の2マイル室内世界新記録を出したことについて尋ねられると、
あのレースでは、目隠しをしてでも彼に勝っていただろう…でも、人が以前よりいい走りをするのはいいことだ。
“I would have beaten him in that race, blindfolded… But it’s good that people run better than they have done before.”
と挑発的なコメントをすると、世界室内選手権の前日記者会見でカー選手は、色々考えて笑いながら一言、
No comment.
と、バッサリ切り、また別のインタビューで、ワイトマン選手は一歩引いた様子で、
人々がボクシングを見るのは、試合前のトークや中傷があるからだ……それでパリオリンピックの決勝がいいものになるなら、なおさらだ。人々がボクシングを見るのはそのためだ。
“People watch boxing because of the pre-game talk and the slander … and if it can set up a good final for Paris because there’s been a lot of trash talk, then even better. People watch it because of that.”
と、達観したご様子。
直接対決前から火花が散っている2024年シーズン、パリオリンピックがどのような結果になるか、乞うご期待。
ちなみにワイトマン選手は私の勤務校のトラックでトレーニングをしたことがあり、そのつながりで少しトレーニングに参加させてもらったり、イベントにゲストとして来ていただいたり、本当にいい人なので、私はジェントルマンなジェイク推しです。
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