はじめに – Athletics Weekly について
日本で「陸上競技マガジン」や「月刊陸上競技」があるように、イギリスでも「Athletics Weekly」という(“Weekly”なのに)月刊雑誌があり、もちろん購読しているのですが、日本のそれよりも選手の内面に突っ込んだ話や、ライターの想いや考えが入れ込まれていてかなり読み応えがあります。
内容はイギリスに偏りがありますが、比較的馴染みのある英語で読めて、日本とは違った視点の陸上競技が楽しめるので、興味がある方は£5.99(1,000円くらい)で電子版を購読可能なので、よろしければぜひ。(広告ではありません。)
月刊で出る雑誌記事に加えて面白いのが、ほぼ毎日のようにWeb記事がアップされることです。
内容もただのニュースだけではなく、インタビュー記事やライターのブログなど、雑誌の紙面さながらの内容がコンパクトにまとめられています。雑誌を購読しなくてもこちらで十分楽しめるかもしれません。
今回は最近上がったWeb記事の中で興味深かったものを紹介します。
アデル・メシャール選手(スペイン)「イギリスの素晴らしいシステムが羨ましい。」
今回紹介するのは、スペインの中距離選手アデル・メシャール選手のインタビュー記事です。
(また中距離・1500mの話題ですみません。笑)
メシャール選手のプロフィールを簡単にまとめると、
- スペインの中距離選手(専門は1500m)。1990年12月5日生まれ。33歳。
- 自己ベスト
800m: 1’47″69 (2019)
1500m: 3’30″77 (2021)
3000m: 7’30″82i (2022)
5000m: 13’06″02 (2022)
10000m: 27’50″56 (2018)
10マイル: 45’37” (2023) =欧州最高記録
ハーフマラソン: 1:02’30” (2020) - 主な実績
2020東京オリンピック 男子1500m 5位 (3’30″77)
2017ロンドン世界選手権 男子1500m 4位 (3’34″71)
スペイン選手権優勝6回(1500m4回、5000m2回 ※アウトドアのみ)
オリンピック出場2回(リオ、東京)
世界選手権出場5回(北京、ロンドン、ドーハ、オレゴン、ブダペスト)
イギリスに並ぶヨーロッパの中距離強国スペインで代表になり続けている、ベテランの域に入ったと言ってもいい選手です。
腕を目一杯振ってガツガツ進むようなパワフルなフォームで、1500mの中盤から苦しそうな顔が始まり、ラストは鬼の形相で駆け抜ける印象があります。
これは昨年2023年のスペイン選手権の1500mで3’33″44で優勝した時の動画です。赤いユニフォームの選手がメシャール選手です。モハメド・カティル選手(ドーピング違反になってしまいましたが)、マリオ・ガルシア選手、イグナシオ・フォンテス選手など世界大会常連の選手を抑えての優勝でした。
最初は、記事のタイトル “I am jealous of the Brits due to their incredible system” 「イギリスの素晴らしいシステムが羨ましい。」に惹かれて読み始めたのですが、イギリスは強い選手が多く、その選手たちと交友が深いということだけで、システムについては書かれていませんでした(笑)。
それはひとまず置いておいて、内容には興味深い話題があったのでいくつか上げてみます。
「有酸素系にフォーカスしたトレーニングに変わってきている」
近年のトレーニングについて以下のことに触れています。
- 現在はトレーニングの有酸素的な面を重視するようになり、無酸素的な段階はあまり重視されなくなった。
– 以前は試合が近づくと無酸素的なトレーニングに意識が向いていたが、現在はシーズンを通して有酸素的なトレーニングに重点を置いている。
– 有酸素的なトレーニングに重点を置くことで、コンディションが整いやすくなるだけでなく、良い状態を長期間維持できるようになった。 - 以前は乳酸測定をしていなかったが、現在は取り入れており、閾値を管理することでオーバートレーニングならないようにしている。
近年では至る所で中長距離走のトレーニングに関して有酸素性トレーニングの重要性が謳われています。メシャール選手も同様にその変化を感じているようで、自身のトレーニングも変化させつつ、30歳を超えてもパフォーマンスを向上させ続けています。
また、単発のパフォーマンスを引き上げるのは比較的容易かもしれませんが、近年ではワールドランキング制度により、シーズンを通して高いパフォーマンスを維持することの重要性が増し、その観点からも、中長距離走のトレーニングの在り方が変わってきているのかもしれません。
メシャール選手も以下のように述べています。
I think it shows it’s [focus on aerobic training] worked and you don’t just get into shape more easily but you can keep that for a longer period of time.
Adel Mechaal: “I am jealous of the Brits due to their incredible system” Posted by Tim Adams | Mar 25, 2024 | Athletics
訳)有酸素系トレーニングへの集中が功を奏し、コンディション(shape)が整いやすくなっただけでなく、その状態を長く維持できるようになったことを示していると思う。
また、ノルウェーの閾値トレーニング(本文中では”the Ingebrigtsen/Norway [threshold training] system“)も引き合いに出しており、“Norwegian Double Threshold System”「二重閾値トレーニング」はやはり世界的にも注目度は高いと言えそうです。
1500mへのこだわり
専門は1500mでありながら、国際大会で獲ったタイトルは3000m、5000m、クロスカントリーであり、10マイルの欧州記録保持者でもあります。
自身でも長い距離に適性があると感じており、実際に欧州記録を出した10マイルレースでは、ハーフマラソン58分台の選手に引けを取らない走りでした。
また本人も、
「(10マイルレースでは)2’50″/kmのラップは余裕で出せていたし、レース終盤で2’40″/kmまで上げられた」
「自分にはハーフマラソンで59分台が出せるポテンシャルがある」
「マラソンは2時間5分台、2時間6分台で走れる可能性を感じている」
と話しています。
これだけ長い距離への適性を自他共に認めており、「中距離には若い選手が多い中で、自分の年齢とキャリアを考えた時に、より長い距離に集中するのが自然な流れ」としながらも1500mにこだわる理由を以下のように説明しています。
I love the 1500m and it’s one distance that keeps you mentally on your toes.
Adel Mechaal: “I am jealous of the Brits due to their incredible system” Posted by Tim Adams | Mar 25, 2024 | Athletics
訳)私は1500mが大好きだし、精神的に気を抜けない距離なんだ。
1500mをこのレベルで走ることのできるフィットネスがあっての、より長い距離でのパフォーマンスであり、また1500mが「気を抜けない」種目であることについては、
you can’t replicate the butterflies in your stomach when running the 1500m. There’s so much adrenaline on the start line and there’s a huge amount of nervousness.
Adel Mechaal: “I am jealous of the Brits due to their incredible system” Posted by Tim Adams | Mar 25, 2024 | Athletics
訳)1500mを走るときの胸の高まりは再現できない。スタートラインではアドレナリンが出まくって、ものすごく緊張する。
と話しています。本当に1500mが好きなんだなと、そしてそれが1番のモチベーションなんだなと思いました。
アシックス(スポンサー)への感謝
2022年まではニューバランスとスポンサー契約をしていましたが、2023年からはアシックスと契約しています。
このインタビュー記事の最後にアシックスについて尋ねられ、
I think ASICS is a game changer brand.(中略)They sponsor so many athletes now, help us make a living, and ASICS is one of the greatest brands in the athletics industry.
Adel Mechaal: “I am jealous of the Brits due to their incredible system” Posted by Tim Adams | Mar 25, 2024 | Athletics
訳)アシックスはゲームチェンジャー・ブランドだと思う。(中略)今では多くのアスリートのスポンサーになり、私たちの生計を助けてくれています。アシックスは陸上競技業界で最も偉大なブランドのひとつです。
と、アシックスへの感謝を語っています。選手のスポンサーシップに関して、これだけド直球でライターが尋ねることは日本ではあまり聞かないかなと感じたのと、30歳を超え、一般的に考えれば競技人生も復路に入っている選手を、その年に2つの新記録(1500m室内スペイン新記録、10マイル欧州新記録)出すこのタイミングでスポンサードしたアシックスの目利きはさすがという印象です。
まとめ
メシャール選手は現在33歳。中距離の第一線でこの歳で活躍している選手は数えるほどしか、というより数えるほどもいません。やり方、向き合い方によっては30歳を超えてもパフォーマンスは向上させ続けられる可能性があるということと同時に、ここにも日本との中距離の「差」を紐解くヒントがあるかもしれないと感じました。
※紹介した記事の和訳が欲しい方はご連絡orコメントください。
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